歌川国芳「化物忠臣蔵 十段目」

増田 吉孝

出典:Wikipedia

(人形まわしの段)ここは摂津堺にある廻船問屋の天河屋である。店は繁盛しその暮らし向きは豊かであったが、今この家にいるのは主人の天河屋義平とその息子の四つになるよし松、それと丁稚の伊吾八の三人。ほかの奉公人は義平が理由をつけて辞めさせてしまい、さらに義平は自分の女房さえも実家に帰してしまっているのだった。そのわけは、もと塩冶家の用向きを勤めていた義平が高師直を討たんとする大星由良助たちに味方し、そのための用意を手伝っているからで、この秘密を知られないための用心である。伊吾八は幼いよし松の機嫌をとるため、人形をもてあそびながらあやしている。
時もすでに黄昏時、大星力弥と原郷右衛門が天河屋を訪ねる。大星たちは明日にも出立して鎌倉に向かうことになっていた。義平は、大星たちが討入りに使う武器や防具類は、すでに船などで送る手はずになっていることをふたりに報告した。これを聞いた力弥は「天河屋の義平は、武士も及ばぬ男気な者」と言い、由良助にも知らせて安堵させようとふたりは店を去った。
そこへ入れ違いに現れたのは、義平にとっては舅の大田了竹である。了竹は、もと斧九太夫抱えの医者であった。その了竹のところに女房である園(その)を義平は預けていたが、了竹は理屈をつけて娘の園を離縁しろという。義平はなにかあるなとは思いながらも、園への離縁状を書いて了竹に渡した。なにか胡乱なことをしているらしい義平よりも、娘にはもっと身分のよい男のもとに嫁入りさせるつもりだと、なおも憎まれ口を叩く了竹を義平は蹴飛ばして店から追い出す。

(天河屋の段)夜になった。大勢の捕手が現われ店に踏み込み、義平を捕らえようとする。「コハ何故」という義平に対し、塩冶判官の家来大星由良助に頼まれ武器防具を鎌倉に送ろうとしたことが露見したので、義平を急ぎ捕らえに来たのだという。「これは思ひもよらぬお咎め、左様の覚えいささかなし」と言おうとする義平に捕り手たちは「ヤアぬかすまい、争はれぬ証拠有り」と、荷物を持ち込んだ。見ればそれは、義平が大星たちのために送る荷を入れた長持で、中には武具防具が入っている。そのまだ菰に巻かれて鍵のかかった長持を切り開こうとするのを見て義平は捕り手たちを蹴飛ばし、長持の上にどっかと座った。
これはさる大名家の奥方が使うわけありの道具が入っている、それを開けて見せてはそのお家の名が出て迷惑の掛かる事と、義平は長持を開けさせることを拒む。それを見た捕り手の一人が一間の内に駆け入り、義平の子のよし松を引き出した。「有りやうにいへばよし、言はぬと忽ちせがれが身の上、コリャ是を見よ」と、刀を抜いてよし松の喉もとに差しつけた。義平はこれを見てさすがにはっとしたが、顔色は変えずに次のように言った。「女わらべを責める様に、人質取っての御詮議。天河屋の義平は男でござるぞ。子にほだされ存ぜぬ事を、存じたとは得申さぬ…」
だが捕り手たちもそれに退くことなく、「白状せぬと一寸試し、一分刻みに刻むがなんと」というが義平も「オオ面白い刻まりょう」と、ついには捕り手たちよりわが子をもぎ取って、自ら絞め殺そうという勢いである。だがそこへ、「ヤレ聊爾せまい義平殿」という声とともに、なんと長持の中から現れたのは由良助であった。
じつは捕手は大鷲文吾や矢間重太郎をはじめとする判官の家臣たちで、由良助は義平の心を試したのだと謝った上で、「武士も及ばぬ御所存、百万騎の強敵は防ぐとも、左程に性根は据はらぬもの」と義平を褒め称えるのであった。捕り手に化けていた人々も「無骨の段まっぴら」と、畳に頭を擦り付けるようにして義平に頭を下げる。やがて由良助はこの場を立とうとするが、義平は目出度い旅立ちに手打ちの蕎麦を差し上げたいというので、由良助は「手打ち」とは縁起がよいとその馳走に預かることにし、義平に案内されてみな奥へと入った。
そのあと、ひとりの女が提灯を持って、天河屋の戸口にまで来る。義平の女房の園である。鍵がかかっているので伊吾を呼ぶとやってくる。園がわが子よし松の様子を案じて伊吾に尋ねていると、義平が来て伊吾を奥へとやり、再び戸口に鍵をする。「コレ旦那殿、言ふ事があるここあけて」「イヤ聞く事もなし」と義平は聞く耳を持たない。義平は園の親の了竹が斧九太夫に繋がる悪人なので、園とはいったん縁を切る心であった。だが園は戸の隙間から、最前了竹が義平に書かせた離縁状を投げ入れた。了竹からこの離縁状を盗みこっそり抜け出して来た、了竹とは親子の縁を切るつもりだと園はいう。義平も、まだ幼子で母を慕うよし松のことを思うと不憫ではあったが、それでも了竹に渡したはずの離縁状を内緒で手にしては「親の赦さぬ不義の咎」、筋が通らないから持って帰れと離縁状を返し、戸口もしっかりと閉めてしまった。
ひとり表に残された園は、「咎もない身を去るのみか、我が子にまで逢はさぬは、あんまりむごい胴欲な」と、その場で嘆き伏してしまう。やがて、もうこうなっては親了竹のもとにも戻れない、自害して果てようとその場を立ち駆け出そうとした。するとそこへ、覆面をした大男が現われ園をひっ捕らえて髷を切り、園が髪に挿していた櫛や笄、また懐のものまで奪って逃げ去った。盗られたのは離縁状である。髪を切って離縁状まで奪ってゆくとはなんということか、いっそ殺してと園は泣き叫び、義平もこの表の様子に気付き驚いて飛び出そうとしたがそれを堪え、ためらいつつ門口にとどまる。
そこへ奥より由良助たちが出てきて、義平に暇乞いを述べ、出立しようとする。このとき由良助は世話になったお礼にと、白扇に載せたなにかの包み物を義平に贈ろうとしたが、義平はこれを金包みだと思い怒る。自分は礼が欲しくて世話をしたのではない、義心からのことであるという義平、しかし由良助は「寸志ばかり」のことと言い残し、そのまま表を出る。義平はいよいよ腹を立て、贈られた包み物を蹴飛ばした。するとその中から飛び出したのは金子にあらで、最前に園の頭から切った髪と櫛笄、そして離縁状。それらを表から見た園はびっくりして駆け寄る。義平も驚きつつ、さてはさっき園の髪を切ったのは由良助たちだったのだと気付く。それは由良助が大鷲文吾にやらせたことだった。
園の髪を切ったのは「いかな親でも尼法師を、嫁らそうとも言ふまい」、すなわち尼であれば、同じ屋根の下に暮らしていても夫婦とはいえないから、これで了竹に対しては申し訳が立つだろう。そして髪はいずれ伸びるから、その櫛笄が髪に挿せるようになったら改めて夫婦として縁を結べばよい。これが世話になった義平への返礼であった。義平は園とともに由良助に感謝する。そしてさらに由良助は、「兼ねて夜討ちと存ずれば、敵中へ入り込む時、貴殿の家名の天河屋を直ぐに夜討ちの合言葉」として、「天」と呼べば「河」と答えるよう定め、由良助たちは天河屋を出立するのであった。

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