占いイコール神意
現在、戦国時代の軍師といえば、戦国大名の側近くに仕えて合戦を取り仕切った家臣のことを指します。
ただし、戦国時代に軍師という名前が存在していたわけではありません。当時、軍師のような人々は軍配者と呼ばれていました。
軍配とは、合戦に際して軍勢を差配することであり、軍配をする者を軍配者と呼んだのです。
この軍配者の最も重要な任務は、出陣の日取りや進軍の方角を占うことでした。
合戦に際して占いをしていたというのは、奇異にうつるかも知れません。しかし戦国時代の意識では占いは神意を知るという意味があり、重要なものとみなされていたのです。
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神意に従って出陣すれば勝利が得られ、神意に背いて出陣すれば敗北を余儀なくされる。当時の人々にとって、占いとは神意にほかなりませんでした。
そういう意味からすれば、軍師は、神意を兵に伝えることで士気を高めるシャーマンのような役目を担っていたとも言えるでしょう。
勝敗の吉凶も占う
出陣するにしても、いつ出陣してよいというわけではありません。当時の武将たちにとっては、暦には吉日と凶日があり、吉目に出陣すれば勝利して凶日に出陣すれば敗北するという意識がありました。
しかも最初から吉日と凶日が決まっているわけではありません。合戦を指揮する総大将の生まれた月によって、出陣に最適な日取りや方角が異なってくるというややこしさがありました。
いつ出陣するかを決めるのは一大事であり、もし吉日に出陣が間に合わなければ調伏の矢を射るという儀式を行い、形としては出陣することにしなければなりません。
こうした複雑な要素が絡んでくるため、戦国大名が自ら占うということはほぼ不可能でした。
そのため、易などの占術や陰陽道に基づく占星術に通じた僧侶や武士が戦国大名の諮問をうけ、吉凶を占ったのです。
厳密にいえば、このように呪術を用いて実際に占った人々こそが軍配者と呼ばれたのでした。