古来「鳥が尽きれば弓はしまわれる」とはよく言ったもので、困った時はさんざん利用しておいて、いざ平和になればお払い箱が世の習い。
戦国時代の武士たちも、乱世が過ぎ去ればもはや用済み。世渡り下手な武辺者たちはたちまち職を失いました。
武士は食わねど高楊枝、とは言うものの、意地を張るにも限度があります。また自分ひとりなら我慢できても、妻子が飢えに苦しむのは何より悲しく惨めなものです。
今回は江戸時代の武士道バイブル『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』より、とある鍋島藩士のエピソードを紹介したいと思います。
武士の家に居る者が、米などの無きとて……
一六 齋藤用之助内証差し支へ、晩の飯料もこれなく候について、女房歎き申し候。用之助これを承り、「女なりとも武士の家に居る者が、米などの無きとて草臥れ候事腑甲斐なし。米は何程にてもあるなり。待つて居り候へ。」と申して、刀を取り外に立ち出で候へば、……
※『葉隠聞書』第三巻より
今は昔し、齋藤用之助(さいとう ようのすけ)は生活に苦しみ、女房が「今夜のご飯も炊けやしない」とブーブー文句を垂れていました。
「やかましい。たとえ女子(おなご)といえども、武家の人間が米のないくらいでへこたれていかがする。まったく……米などいくらでも用意してやるわい。しばし待っておれ」
そう言うなり、用之助は刀を持って外出。いったいどこへ行くのでしょうか。