2023年から放送が予定されているNHK大河ドラマ『どうする家康』は、新たな視点で徳川家康の人生を描く作品。
今回は、『どうする家康』の主人公・徳川家康が京都に構えた二条城と、実際に京都防衛を担った2つの城郭寺院「知恩院」と「金戒光明寺」について紹介します。
前編の記事
江戸時代の京都を守ったお城は二条城ではなく、2つの浄土宗寺院だったー2023年大河『どうする家康』こぼれ話【前編】
2023年から放送が予定されているNHK大河ドラマ『どうする家康』。現在放送中の『鎌倉殿の13人』が好評だけに、放送前から一層の注目を集めています。今回は、『どうする家康』の主人公・徳川家康が…
【後編】では、京都防衛を担った2つの浄土宗寺院「知恩院」「金戒光明寺」についてお話ししましょう。
京都防衛に重きをなした「知恩院」と「金戒光明寺」
徳川家康が京都に築いた二条城は政治を行うための御殿であり、実戦に対応するような城郭でないことを【前編】でお話ししました。
実際に江戸幕府の京都防衛を担ったのが、「金戒光明寺」と「知恩院」という2つの浄土宗寺院であったのです。
両寺院とも、戦国の争乱により伽藍を焼失しますが、浄土宗徒の徳川家康の庇護のもと、壮大な伽藍が建てられ復興を遂げます。
この時、家康は有事の際に機能できる城郭として、「金戒光明寺」と「知恩院」を整備したのです。
京都は、東・北・西の三方を山に囲まれた盆地です。「金戒光明寺」と「知恩院」は、京都の東側の高台に旧東海道(三条通り)を挟むように建ちます。
城郭は、有事の際に大軍が移動する街道や交通の要衝を抑える場所に築かれることが多いのは周知通りです。
「金戒光明寺」と「知恩院」は、旧東海道に睨みを利かせ、京都への侵入を防ぐ役割を担っていたことは間違いありません。
また、城郭は、大軍を収容するという機能が求められました。「金戒光明寺」「知恩院」は、ともに広大な境内を有します。そのため有事の際には、境内に兵舎などを設営し、軍勢を収容することを想定していたのです。
では、ここからは両寺院についてお話ししましょう。