起源は飛鳥時代まで遡る、日本男児の歴史を支えた「ちょんまげ文化」のはじまりから終わりまで

山内琉夢

時代劇や歴史が絡む映画などでよく見かける「ちょんまげ」、一体いつから存在するのか気になりませんか?

そこで今回は、意外と知られていない「ちょんまげ」のはじまり、そしてどのような歴史を歩んで終わりを迎えたのかについて、時系列でみていきましょう。

ちょんまげとは

ちょんまげとは、江戸時代に男性の間で流行った髪型のことです。具体的には、頭前部から頭頂部までの髪を剃って、残った髪を結い、前にねかせた状態の髪型のことをいいます。

残った髪を結った部分「髷(まげ)」の姿が「ゝ(ちょん)」の文字に似ていたことから「ちょんまげ」と呼ばれるようになりました。

ちょんまげの起源

ちょんまげと聞くと江戸時代を想像する人も多いかもしれませんが、実は江戸時代に登場した髪型ではありません。

ちょんまげの原型となる髪型は飛鳥時代まで遡り、その頃から人気がありました。ただし、その頃のちょんまげは、帽子のムレを予防するためのものだったのです。

飛鳥時代に現在の中国から持ち込まれたさまざまな文化のなかに、鳥帽子というものがあり、この鳥帽子をかぶる文化が貴族たちのあいだで流行します。

この鳥帽子の通気性が悪かったため、ムレを嫌った貴族たちの多くが「髻(もとどり)」と呼ばれる髪型にしました。

髻は頭の頂点周辺で髪を束ねた髪型で、ちょんまげの原型とされています。

鎌倉時代にちょんまげ登場

ちょんまげが現在の姿となったのは、武士が活躍をはじめた鎌倉時代のことです。

武士が戦いに装着した兜も通気性が悪かったため、最初は貴族の真似をして髻にしていました。けれど、「前頭部から後頭部まで髪を剃ってしまった方が涼しいじゃないか」ということから、現在のちょんまげが完成したといわれています。

3ページ目 マゲの研究を重ねる江戸っ子たち

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