軍師・山本勘助のキツツキ戦法!武田信玄VS上杉謙信の川中島の戦いを振り返る【最終回】

小山 桜子

戦国史上でも人気の高い合戦の一つ、川中島(かわなかじま)の戦いがどういう戦いだったのかを振り返るシリーズ最終回です。前回に引き続き第四次川中島合戦の経過を見ていきましょう。

これまでの記事

永遠のライバル!武田信玄VS上杉謙信の川中島の戦いを改めて振り返る【その1】

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永遠のライバル!武田信玄VS上杉謙信の川中島の戦いを改めて振り返る【その2】

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永遠のライバル!武田信玄VS上杉謙信の川中島の戦いを改めて振り返る【その3】

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キツツキ戦法

上杉軍1万2千に対し、武田軍は2万兵。この数を見て、武田側の軍師・山本勘助らが提案したのが「キツツキ戦法」でした。

キツツキが木をつついて驚いて飛び出てきた虫をとらえるように、武田の2万の兵を本隊と別働隊に分け、別働隊に妻女山を攻めさせ、上杉軍が驚いて山のふもとの八幡原に降りてきたところを本隊が迎え討ち、別働隊と前後で挟み撃ちにするという作戦です。

2ページ目 どんでん返しの合戦当日

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