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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第5話

【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第5話

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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第4話

【小説】国芳になる日まで 第3話はこちら[insert_post id=72309]文政七年 正月  (4)男が正月の凧売りを始めたのは十七の時だ。今春二十八だから、もう十年以上も続けてい…

文政七年 正月  (5)

吉原遊廓を出た国芳は、夜道を駆けた。

提灯を借りずとも月が澄んで路(みち)がひどく明るい。

蛇行する衣紋坂を奔馬の勢いで駆け上がり右に曲がると、葉のない見返り柳の枝が男の後ろ髪を引くようにさわさわと舞い上がった。

八丁堤の土手は、百六十もあるという葭簀張(よしずば)りの水茶屋の丸提灯で左右をほのぼのと照らされていた。

国芳は近道のために編笠茶屋の角で曲がり、畔に何度か転げ落ちそうになりながら広大な田の間を駆けた。浅草寺雷門、助六の花川戸から七十六間の吾妻橋の板を踏みならして東岸に渡る。普通なら舟に乗っても良いような距離だが、金がないためにひたすら走って南へ下った。

大川沿いをつうっと走り、本所竪川の北岸相生町を北に入った松坂町に国芳の棲み家はあった。一昔前は吉良上野介の屋敷があった辺りである。表通りから町木戸をくぐって入れば、狭い路地に裏長屋が密集している。その中の一戸に国芳の親友が暮らしており、国芳はそこの居候だ。勝手を除くと手前四畳、奥が六畳の二間三間の間取りである。

「佐吉!佐吉!」

国芳は土間に飛び込み焦ったようにその名を呼んだ。

「佐吉はここだよ、芳さん」

奥の間から声がした。

 

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