歌川国芳「化物忠臣蔵 十一段目 下」

増田 吉孝

出典:Wikipedia

(討入りの段)ついにその日はやってきた。大星由良助らは渡し舟に乗り込み、ひそかに稲村ヶ崎に上陸する。陸に上がったのは一番が由良助、二番目が原郷右衛門。三番目が大星力弥…と、四十六名の者達が、揃いの袴に黒羽織、胴には「忠義」の文字を入れた胸当てを着け、さらに各々の名を記した袖印を付けている。予てよりの「天」と「河」との合言葉を忘れるなと云い合わせ、取るべき首はただひとつと、皆は師直の館へと向う。
かくとは知らぬ師直は、伝え聞いた由良助の放蕩が本当だと真に受け油断していた。今日も今日とて薬師寺次郎左衛門を客とし、芸子や遊女も呼んで酒宴の大騒ぎ、果ては酔いつぶれて誰彼の別なくその場で雑魚寝のだらしなさである。その油断を狙って矢間重太郎と千崎弥五郎が館の塀に梯子を掛け、そのまま登って塀の中へと忍び入った。館の内から表門のかんぬきを外し、皆を招き寄せる。館の建物には雨戸が入れてあったが、あの山科の閑居で由良助が本蔵に見せたように、竹をたわめて綱を張り、その綱を切った反動で雨戸をばらばらと外し、諸士は裏門からも提灯や松明を持って邸内へと乱れ入った。これに「スハ夜討ちぞ」と師直側も気付き斬り合いとなるが、由良助は「ただ師直を討取れ」と諸士に下知する。

すると師直の館の両隣にある屋敷でも師直邸での騒ぎに気が付き提灯を高く掲げ、何の騒ぎかと由良助たちに呼びかけた。由良助は、自分たちは塩冶判官の旧臣である、亡君の仇である師直を討ちに来たのであり、そのほかに危害を加えるつもりはないと申し述べると、両隣の二つの屋敷は神妙であると感心し、提灯を引いて静まり返った。
やがて戦いから一時ばかりが過ぎたが、師直側は手負いの者数知れず、味方は二、三人ばかりが薄手を追っただけである。ところが肝心の師直が、屋敷のどこを探しても見当たらない。もしや館から外へ逃れたのかと、寺岡平右衛門が表へと駆け出そうとするまさにその時、矢間重太郎が師直を引っ立てて現れた。柴部屋に隠れていたのを見つけたのだという。由良助は「出かされた手柄手柄。さりながらうかつに殺すな。仮にも天下の執事職、殺すにも礼儀有り」と師直を上座に据え、おとなしく首を渡すように述べると師直は、予てから覚悟はしていた、さあ首取れといいながら油断させ抜き打ちに切りかかった。だが由良助はそれを避け、「日ごろの鬱憤この時」と切りつけると、それに続いて浪士たちも師直に刀を浴びせ、最後は判官が切腹に使った刀によってその首を掻き切る。ついに本懐は遂げられた。一同の喜びようはこの上もなく、みな嬉し涙に暮れるのであった。
由良助は懐より塩冶判官の位牌を取り出し、師直館の床の間に据え、さらにその前に師直の首を置いて亡君に手向け、涙して礼拝する。その位牌へ焼香の一番目には、師直を見つけた矢間重太郎が行った。その二番目には由良助がと皆が勧めるが、由良助は「イヤまだ外に焼香の致し手有り…早の勘平がなれの果て」と言って懐より縞の財布を取り出した。これこそは勘平を苦しめ自害させ、そしてせめてこれだけでも討入りのお供にと勘平から託されたあの財布である。「金戻したは由良助が一生の誤り」と、寺岡平右衛門に「そちが為には妹聟」と財布を渡し、亡君への焼香をさせるのだった。平右衛門は「二番の焼香早の勘平重氏」と高らかに、しかし涙声で呼ばわって焼香する。浪士たちも勘平の身の上に、胸も張り裂ける思いである。
そのとき俄に人馬の声と陣太鼓、そしてときの声が上がる。さてはまだいる師直の家来たちが攻めかけてきたかと思うところ、そこへさらに駆けつけてきたのは桃井若狭之助。若狭助は、今表から攻めてきたのは師直の弟師安の手勢で、ここはひとまず判官の菩提所光明寺へと退くようにという。由良助たちはその言葉に従い、後のことは若狭之助に任せて立ち退くことにした。すると今までどこに隠れていたのか、薬師寺と鷺坂伴内が現われ「おのれ大星のがさじ」と討ってかかる。それらの相手に力弥が切り結び、最後は薬師寺も伴内も斬られて息絶える。それを見た人々は手柄手柄と賞美するのであった。

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