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戦争の被害者。第二次世界大戦後の米兵相手の娼婦「パンパン」はなぜ生まれた?

戦争の被害者。第二次世界大戦後の米兵相手の娼婦「パンパン」はなぜ生まれた?

Japaaan読者の皆さんこんにちは。ライターの小山桜子です。突然ですが、「パンパン」という言葉を聞いた事があるでしょうか。

「パンパン」とは、戦後混乱期の日本で、主として在日米軍将兵を相手にした街娼です。彼女たちの多くは戦争で家族や財産を失って困窮し、売春に従事することを余儀なくされた女性でした。

どうしてパンパンは生まれたか

日本の第二次世界大戦敗戦後間もなく設置された特殊慰安施設協会 (RAA) の廃止(1946年3月26日)に伴い、職を失った売春婦が街頭に立ちパンパンとなったとも、RAAと並行して存在していたとも言われています。

1947年時点の推計で、東京に3万人、六大都市合計で4万人のパンパンがいたとされ、東京では主に上野、新宿、有楽町で活動しました(それぞれ隠語でノガミ、ジュク、ラクチョウ)。

2ページ目 インタビューに残る悲痛な叫び

 

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