2月8日は幕末から明治にかけて、日本で活躍したイギリス人画家 チャールズ・ワーグマンの忌日にあたる。
鎖国により長らく海外への門戸を閉ざしていた日本だが、開国すると欧米を始めとする各国から多くの外国人が来日した。ワーグマンもその一人であった。
画家であり記者でもあった彼は、混沌とする幕末明治の日本国内で起きた事件を追い、また時には巻き込まれながらも、世界に向けて日本の内情を発信し続けた。
まさに命がけ…!東禅寺事件を床下から取材
ワーグマンはイギリスで刊行されていた『The Illustrated London News』の特派記者として1861年に長崎を訪れ、イギリス公使ラザフォード・オールコックらと共に陸路で江戸へと向かった。
長い旅路を行き、ようやく江戸に到着した一行は、当時イギリス領事館として使用されていた高輪の東禅寺に立ち寄る。しかしその翌日の夜、攘夷思想を持った水戸藩浪士14人が突如として領事館を襲撃したのだ(東禅寺事件)。
この時、ワーグマンは床下に隠れながら事件のあらましを記録していた。そして、その記録と事件を描いたイラストをイギリスへと送るとスクープとなり、大きな話題を呼んだ。
この年からワーグマンは本格的に日本で記者として活動を始める。写真家のフェリーチェ・ベアトと共にイギリス艦隊に同行し、薩英戦争や下関戦争といった事件を取材した。
また、鉄道開通や西南戦争など、明治時代に入っても歴史的な出来事をスケッチとして記録し、世界に向けて日本を発信し続ける。