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「重要文化的景観」に選定された葛飾柴又。あらためて帝釈天の歴史と町の魅力をおさらい

「重要文化的景観」に選定された葛飾柴又。あらためて帝釈天の歴史と町の魅力をおさらい

葛飾柴又が重要文化的景観に

帝釈天の正式名は「経栄山 題経寺」

葛飾柴又と言えば寅さん、寅さんと言えば葛飾柴又ですね。寅さんを演じた国民的俳優・渥美清さんの人気は健在です。

柴又では先日11月26日・27日、「寅さんサミット2017」が行われました。このサミットは、寅さんが旅した日本の良き風景を守っていこうという趣旨のもの。映画関係者やロケ地になった自治体が参加し、さまざまな催しを行い、ロケ地の写真展など開催して日本の原風景を紹介しています。文化庁から「重要文化的景観」の候補に選定された今、改めて出掛けてみるのもいいかもしれません。

ところで帝釈天、帝釈天と呼んでますが、お寺の正式名は「経栄山 題経寺(きょうえいざん だいきょうじ)」。日蓮宗の寺院です。帝釈天とは元々は天部宗の一人。天部宗とは、ヒンドゥー教から仏教に取り入れられた神々で、仏教守護の役割を担っています。ですので、仏教の中では位は低いのですね。題経寺の本尊は帝釈堂の右手にある本堂(祖師堂)に安置されている「大曼荼羅」。

それなのに何故「帝釈天」が通り名になったかというと、その昔日蓮聖人が板に彫ったと言われる帝釈天像(板本尊)が行方不明になり、1799年(安永8年)の改修で棟木の上から発見された日が「庚申(かのえさる)」の日だったことから。そして庚申の日が縁日となり、市井での庚申信仰の高まりもあって、帝釈天へ御利益を求める人であふれかえったそうです(庚申信仰=体の中の虫が天帝にその人の悪事を報告する庚申の日に、一晩寝ずにそれを防ぐ風習)。

ちなみに柴又七福神めぐりでは題経寺は「毘沙門天」の札所なので、帝釈天が毘沙門天だと勘違いされることも。毘沙門天は仏法を守る四天王の一人で、帝釈天はその四天王を率いる立場。毘沙門天は他の四天王と共に、帝釈天の脇に鎮座しています。

見所は帝釈堂そのもの。法華経の説話を彫った、立体的で細かな彫刻が見物です。風雨による劣化を防ぐために、内殿はガラスの囲いで覆われています。ボランティアのガイドさんによると、御住職が「ルーブル美術館のガラス張りのピラミッドを見て」思いついたそうです。

東京大空襲の際は、周囲の田んぼには爆弾が投下されましたが、辛うじてこの帝釈天は炎上を免れたとのこと。彫刻師のなり手不足の今、大事に受け継がれてもらいたいですね。

2ページ目 幸せを呼ぶ寅さんの銅像

 

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