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江戸時代はとても身近な存在だった「妖怪」。水辺にはどんな妖怪がいたのでしょう?

江戸時代はとても身近な存在だった「妖怪」。水辺にはどんな妖怪がいたのでしょう?

江戸時代、不可思議なことは妖怪の仕業だと思われ、江戸っ子たちにとって妖怪は身近な存在でした。江戸のみならず全国を闊歩し、身の回りのあちこちに潜んでいた妖怪たち。水辺にはどんなものがいたのでしょう?代表的な妖怪をいくつかご紹介します。

ちなみにこちらの不気味な河童の資料は以前Japaaanで紹介した「水虎十弐品之圖

河童

水の妖怪の代表的なものが河童です。北海道から沖縄まで日本各地に伝承が残り、青森ではミズチ、近畿地方ではカワタロウという呼び名もあったとか。河童というと頭に皿がのっているイメージですが、皿なしのものや毛むくじゃらのものなど、バリエーションは多かったようです。

河童は主に川や湖、池、沼など淡水に棲んでいましたが、中には海に棲んでいるものもいたとか。大きさは人間の子どもくらいで、とっても臭いそう。好きなものは、相撲、きゅうりなどの夏野菜、人間の尻子玉(お尻にあると言われる想像上の内臓)で、嫌いなものは、仏さまのご飯。

力自慢をするのが好きな河童は、人間に相撲を挑んできて自分が勝つまで何度もせがんでくるとか。これだけならいいのですが、中には、水中に無理やり引きこんで尻子玉を抜いてしまう悪い河童もいました。尻子玉を抜かれると死んでしまうので、人びとは河童対策を色々考えていたよう。

当時、子どもが川遊びに出かけるときは仏前に備えたご飯を食べさせたり、川で知らない人に会ったらおじぎをするように言い聞かせていました。というのは、河童がおじぎをしたときに頭の皿の水が流れ出てしまい、いたずらができなくなるから。また、魔よけ効果があるといわれていた墨を身体に塗ったり、部屋の四方に墨壺を置きました。

小豆あらい

姿は見えないけれど水辺に現れる妖怪が、小豆あらいです。これは全国に出没していて、地域によって小豆こしや小豆さらさらなど色々な呼び名がありました。主に、谷川のほとりや橋の下に現れ、大きさは不明。

川のほとりでショキショキと小豆をとぐような音がしたら、小豆あらいがいるかもしれません。直接的には人に害を加えることはありませんが、小豆あらいの歌が聞こえたら要注意です。この歌の主を探すと、必ず川にはまってしまい命を落とすとか。

川男

名前の通り川にいる妖怪で、主に美濃国、現在の岐阜県で知られていました。身長は高く肌は黒く、人間に近い姿をしていたそう。川辺で2人の川男が並んで物語を話しているだけなので、人間に危害を加えることはなかったようです。なんだかほのぼのする妖怪ですね。

参考文献:

 

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